小説「ブラキウムの天秤」

少年リベラ・アルベチカは、紛争により祖国を追われた。

移民に対する抑圧に対し、実の両親は過激な主張を展開し、養い親は信仰にのめり込む。

四つの歪んだ愛に囲われながらも、リベラは自身の信じる自由と平和を模索してゆく。

だが、信じた仲間からの無慈悲な裏切りが、彼を絶望へと叩き落とす。

人を導こうとすれば支配が生まれ、共感はやがて利用へと変わる。

打ち砕かれた理想の果てに、荒廃した故郷でリベラが見出す、魂の道標とは――。

天秤座シグマ星ブラキウムを舞台に描かれる、一人の青年の孤独な闘いと、魂の尊厳の物語。

四人の親

天秤座シグマ星ブラキウム。

地球から数百光年離れたこの恒星系では、地球人よりも長い寿命を持つ人類が、洗練された科学文明のもとで生活していた。

しかし人々は土地や資源を巡って争い、時には宗教に救いを求め、支配するもの、されるものが存在するのは地球人とさほど変わらなかった。

リベラ・アルベチカは物心つく前に故国を紛争で追われ、家族とともに近隣の国へ移住した。

移住先の国では、自国民との摩擦を最小限に抑えるために、大量に流入する移民たちは権利を制限されて暮らしていた。

リベラの両親は、移民の権利と立場の向上を目指す活動家だった。

幼いリベラは、支援者の若夫婦のもとに預けられた。体よく押し付けられた形だったが、同じ移民の若夫婦は、実子を亡くしていたこともあってリベラをよく可愛がった。

両親は移民のための活動を優先させ、たまにしかリベラと顔を合せなかった。リベラは若夫婦によく懐き、やがて彼らこそ本当の父母として慕うようになった。

両親は帰宅すると、将来リベラが、自分たちの組織に参加することを見込んで教育を行った。リベラは、理想社会の実現を第一義とし、自分自身に関心を向けない両親に、心を開くことを拒んだ。

若夫婦との生活は、リベラに平和な子ども時代を与えてくれたが、若夫婦は、実子を喪ったことをきっかけに、新興宗教も信仰していた。

若夫婦にとってリベラは神からの贈り物だった。さらに信仰を深める若夫婦だったが、彼らと共に生活を送るリベラは、祈りに過大な期待を寄せ、主体的に行動しない彼らに違和感を感じるようになっていった。

時がたつにつれ、両親の活動は暴力性を帯びた。テロ組織と呼ぶのに抵抗のない団体に変貌していたが、抑圧の続く移民の支持も厚くなっていった。成人を迎えるリベラに、両親はリベラ自身の意思で、組織へ参加することを働きかけてきた。

リベラは、戦わねば未来はないと、人々を不安と争いに駆り立てる両親のやり方に反発するが、両親はリベラを、偽りの安穏の中で闘志をもがれた人間とみなして、見下すのだった。若夫婦も自分たちを導く役割を、リベラに期待しているのを隠さないようになった。

リベラは家を出ることを決意した。

自由と裏切り

わずかな身の回りの荷物を手に、両親たちと住んでいた街から遠く離れたリベラは、新たな生活を始めた。行政の手助けを借りて、移民に用意された職に就いた。農業プラントで野菜や果樹の栽培を行う事と、街の清掃であった。

きつい労働の対価はわずかで、移民を快く思わない者からの嫌がらせもあったが、誰からも思想を強要されないはじめての生活に、リベラは本当の自由を感じていた。

両親の活動を積極的に支持する空気もこの地域には無く、リベラは自らの居場所を確立すべく行動を起こした。

共に働く移民たちに声をかけ、小規模ながら組織を立ち上げたのだった。

故国の紛争で傷ついた体と心を休め、移住先のこの国で、新たな憎しみの芽を育てることのないよう、そして他人の思想に染まらず各々の意思で人生を生きていけるように。リベラはその先に真の平和という実りを期待していた。

発起人のリベラは、表立ってリーダーを名乗らなかったが、一人の求心力に依存しては、両親の組織や新興宗教と同じ支配構造が発生するからだった。組織の構成員の一人一人が、平等な立場で意見を言い合い、自立心を育てることのできる場を提供した。

組織の運営により、日々に生きがいを見出したリベラだったが、予想だにしなかった事が起きた。

リベラは、横領と脅迫の罪で訴えられたのだ。

組織の運営費の徴収を名目に多数の人間から金を脅し取り、それを使い込んだ。

そう主張するのは、地域で発言力のある、リベラと同じ移民だった。

彼の嫉妬心からの、証拠もろくに出てこないような訴えだった。しかし、移民同士のいざこざ程度では、まともな捜査も裁判も行われない。リベラは容疑を否認し続けたが、有罪が確定し服役することになった。

自分の意思に共鳴を見せた人々は、リベラを陥れた相手に気おされ、リベラの窮状を遠巻きに眺めるだけだった。

訴える者の声の大きさだけで、人々は心を決めてしまうのか。それとも元から、自分の心の軸など持ち合わせていなかったのか。

その場その場で、自分が傷つかない選択をしてやり過ごすだけの意気地なし。

かつて両親はリベラをそう罵った。彼は反発したが、今、自分を見捨てた人々に対して両親と同じ感情を持った。

リベラの両親は、異国でうつむきながら暮らしていた人々の心に、炎をともし前を向かせた。その一方で、自分たちがもっとも輝く存在であるために、人々に自らを崇拝させ支配していた。

人の心を誘導して行動させ、自分の望む結果を手にするという行為は、リベラが最も嫌っていることだった。

リベラは自分の組織を立ち上げる際、どこにあろうとも脅かされることのない、心の自由と平和を手にしたくないかと人々に語り掛けていた。

自分が自由に生きたいがためのリベラの行為は、自分の利益だけを追求したものではなかったが、リベラは自分も両親のように、人と感情を共有し分かち合う事の、負の側面を利用していたのではないかと思い至った。

リベラは、以後、自分と他者の心の琴線に触れることをやめた。

人殺しの息子

刑務所では、怒り、憎しみ、後悔、嘆きなどの感情を、周囲にはばからず表現する者が少なくなかった。

そのなかで、テロ組織幹部の身内として把握されていたリベラは、入所時から注目されたが、自分の感情を全く表にださないことが、周囲の者に異質に映った。

外部から思考が読み取りづらく、思い詰めた雰囲気を見せていたリベラは、いつか感情の抑制を失い、自死や他害するのではと警戒された。リベラは、他の受刑者より厳しい監視下に置かれた。

リベラは、所内で沈黙を貫き激情に無関心であり続け、数年の刑期を終えた。27歳になっていた。

自由を取り戻したリベラは、今まで映像の中でしか知らなかった場所を訪れることにした。

生まれ故郷の国であった。

出所したばかりの自分が、入国審査で別室に呼ばれることは予測していたが、そこでテロリストの両親が、外国で自国民のために戦う英雄として賞賛されていることをリベラは知った。

テロにより移住先の社会に打撃を与え、世論を動かすことに成功し、移民に対して受け入れを拡大する法改革が行われたのだ。

リベラは英雄の息子として、審査官に好意的な態度をとられた。

自分を利用しようとする親は捨て、逃げた先で自分の居場所を作り出そうとしたが、移民仲間には裏切られた。刑務所では醜さをむき出しにした連中の方が理解され、目の前の故郷の人間は、自分たちを守るためなら他人の命を奪うことに躊躇のない者に憧れている。

人の言う正義とは、善とはなんだ。共感とは互いを利用しあうだけの関係か。

リベラは、体の芯から湧き出た深い失望と怒りが、肌の震えとなってあらわれるのを感じ取った。抑え込もうとしたが、それは難しかった。

「僕は、人殺しの息子じゃない」

リベラは机に拳をたたき下ろした。同時に椅子が床に転がり、次の瞬間、リベラは審査官の胸ぐらをつかみあげていた。

ほかに立ち会っていた審査官に引き離され、我に返ったリベラは、突然の暴力に恐れおののく相手を目にした。

リベラを束の間支配したどう猛さが消え、羽交い絞めにされたままの身体から力が抜けた。現実を受け止めかねてさまよう瞳から、一粒の涙がこぼれた。

床に崩れ落ち、背中をふるわせて慟哭するリベラの身体をささえる者は、いなかった。

ブラキウムの黄昏

入国が許可された故郷は戦火で荒れ果てていたが、何も失うものがないリベラは、がれきの中をさまよった。

歩みを自分の意思を、止めずにさえいれば、いつか、自分の心の世界と現実の世界が重なりあう時が来ると、リベラは信じていた。他者と思いを共有することは、その時を早めてくれると思っていた。

しかし、現実には、人と深く心を通い合わせようとするごとに、リベラから何かが奪われていった。

人から奪い従えることを信条とする両親がその理想を現実化させ、世間に受け入れられたのに、自分の思いは、なぜ世に受け入れられないままなのか。

この世界には、自分の思いなど必要ないという事なのだろうか。

脚から力が抜け、よろめいた体のバランスは、壁に支えられた。そのまま身じろぎしない、リベラの全身をおおう影が濃くなった。主星ブラキウムはそろそろと地平に沈みかけていた。

ここは、人のために奪う自由が許される世界。

ならば僕が、自分のために奪わないで生きるのも自由じゃないか。

リベラは、一筋残った冷たい光も消え暗くなった空へ、まなじりを決すると再び歩き出した。


「冷たい光の叫び、まなじりを決して」

あとがき

天秤ASC(アセンダント)のモデルである過去世鑑定の内容を元にした、「星々のハルモニア」シリーズ外伝です。

本編より外伝が先になりましたが、物語を書くのが30年以上ぶりで、まずは完成を目標に物語を凝縮してお届けしました。(いつか、もっと多くの描写を加えた完全版も制作できたら…と思っています)

説明的な文体ですが、あるセリフを際立たせるための意図的な試みです。
そのセリフに、何か感じていただけたら幸いです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

現在、天秤ASCと双子太陽が登場する本編も制作中です。
どうぞお楽しみに。

天秤座の恒星・ブラキウムで生きていた青年。 寄り添う女性たちは、彼の母親たち(左:実母 右:養母)です。 鑑定によると、成人後のブラキウム人の老化は地球人より緩
dragonandpeacock.com
天秤ASCキャラクター解説
天秤座シグマ星系【ブラキウム】の文明と人類の特徴
はじめに:天秤ASCの故郷、恒星ブラキウムへの誘い 本稿では、筆者(Aya帆)の創作シリーズ「星々のハルモニア」に登場するキャラクターの一人、「天秤ASC(アセ…
dragonandpeacock.com
ブラキウム文明の発展の経緯をAIに推測させてみました